<東海市に建つ【巨人が集う家】>

 

その家は、ケーズホーム(当時カトーエンジニアリング)にとって、
様々なチャレンジをさせて頂いた建物でした。
1999年、もう後一年で20世紀も終わろうとしている年でした。
輸入建材による<本格的ツーバイシックスの家>を目指して米国へ数回の
研修を重ね、輸入ルートも固めつつ有った時、Y様ご夫妻と出会いました。
奥さまは、おなかにお子様が居ました。
聞けば、2世帯住宅をお考え。
海外留学のご経験があるご主人は、180センチを超える長身。
奥さまも170センチ近く。
お二人の出会いは、バスケ仲間、「なるほど」です。
ちなみに私は162センチ、立ってあいさつされると、見下ろされる感じ。
ご希望の第一が、「リビングの天井は出来るだけ高くして下さい」
そりゃ解りますはね。
「広くしたいので、最低でも30帖は欲しいな」
???????!
30帖のリビングって、外国にも中々無い豪邸ですけど。
「バスケの仲間が、試合後などに集まってワイワイ出来るようにしたいけど、
彼らが来れば、僕なんか高い方ではないよ」
「だから玄関ドアや、サッシは全て8F(2400ミリ)は欲しい」などなど、要望が
次から次へと出ます。
今から思えば、かなり無茶な要望も有ったのですが、私も米国の最新の建物を見て来た
ところなので、つい「ビルトインガレージは絶対ですね」などと調子の良い事を。
最後に「予算は*****万円が限界ですので宜しく」とご主人。
当時、米国の建物費用が日本の半額以下だったことにショックを受け、何とかしたい
と考えていた私は思わず「それだけあれば何とかなるでしょう」などと、もう安請け合 い。
実際は、現地は傾斜地の上に、敷地(100坪)に一杯な建物になってしまった。
そりゃそうだ、2台分のガレージを入れて75坪余、+面積に入らない地下のパントリー
15坪の小屋裏部屋(後にシアタールーム兼ホビールームとなる)、も一つの小屋裏収納
などを合わせてみると、100坪を超えることに。
リビングから出たウッドデッキには、なんとジャグジーバス(米国のホームセンターで
買ってきた)まで埋め込んでしまった。
2世帯住宅は、以前にも経験があったが、吹き抜けのリビングの高さは4.5m!
当時の弊社では、3.5m(第1回のH邸)が最高で、これも新記録。
広さも49㎡(30帖)で最高記録。
延べ床面積も実質100坪超で、最高記録。
何れも現在まで破られていない記録です。
プランが出来、契約したところで、Y様のご両親にごあいさつに。
今でも思い出します。
Y様のお父様が炬燵に入りながら最初に発した言葉が「サンデー毎日の矢野です」
一瞬、返事に困った私に、奥様が「いつもこんな感じです」と笑顔で助け舟。
定年退職されて、暇を持て余されていたお父様が、ご自分を茶化しておっしゃったのが
理解できたのは、しばらく後になってからでした。(ちょっと遅いか)
そんなこんなで、日本家屋の典型のような、在来工法で建てられたお父様が建てた

 

家を解体し、枠組み工法2×6で洋風住宅の建築をすることになりました。
解体の時のちょっとセンチメンタルなお父様の表情も記憶に残りました。
初物づくしのY邸ですから、サッシが大きすぎてコンテナに入らないとか、エピソード
は枚挙にいとまが有りませんが、長くなりますのでここでは省略しましょう。
センチついでに、この家が完成した年に生まれたご長男は、おそらく一番若い私(ケーズホーム)のファンでした。
過去形なのは、御子息が12歳の時、聞いた事も無い難病に罹って早逝されたからです。
とても懐っこくて、私の顔を見ると「社長さんが来た」って飛びつかんばかりに喜んで
くれました。
帰る車まで、必ず送ってくれ、ご両親が居ない時も変わりませんでした。
もちろん、私だけに特別ではなかったのでしょう。
H君の葬儀には、彼がハンドボールの選手で、全日本入りも予定されていた事も有り、
なんと、2000人を超える弔問客が来たそうです。
残念ながら、私は後日に知ったため、参列出来ませんでしたが。
2世帯住宅の3世代目が、一番先に仏壇に入ることになるとは、なんと皮肉な事でし ょう。
(以上は、Y様のご承諾を得て書かせて頂きました)
さて、家の話に戻ると、全てのスケールが大きな家になりましたが、完成時は静かな新興
住宅地だったY邸も、家に隣接する道路がバイパスになり、道路工事やダンプなどの大型
車両が行き交う4車線の幹線道路に決まっていた為、遮音と気密性は必須条件でした。
そこで、通常は2×6の壁厚に100ミリのセルロースFを入れる処を、140ミリ、
つまり、壁厚分全てに充填しました。
そのおかげか、工事のブルドーザーの音さえ気が付かなかったそうです。
北米基準の家として、<セントラルクリーニングシステム>(掃除機の本体を固定して
壁の中にホースを埋め込み、コンセントのような差し込み口をところどころに設け、吸い
こみ口のみを移動させる方法)も取り付けました。
このシステムは、過去に3件ほど経験済みでしたが、建物がスキップフロアーな為、とても
面倒な工事になってしまった記憶です。(これ以降1件しかしていません)
Y邸には、完成後も頻繁にお邪魔をして、その都度Y様の趣味の変遷に付き合いながら話 てきました。
2台が余裕で入るビルトインガレージには、いつの間にか、車は1台になり、大型バイク
と自転車(5台以上はある)が幅を利かせていて、壁に掛けたり、枕木を敷いてコンクリ
ート直置きにしないようにするなど、大変な事に。

 

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隠し小屋裏部屋は、前述どおり<シアタールーム>に変身したばかりか、模型の
組み立て作業場になってしまった。元々3連の天窓が付いて自然光がたっぷり入る
居心地満点の小屋裏は、今や<中年男の引き籠り部屋>と化してしまったようです。

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14年前の新築時からの目論見だったのですが、見事に実現出来ていました。
玄関ホールには、亡くなられた御子息の大きなポートレート

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が飾られ、今も訪ねる度にあの懐っこい顔で迎えてくれます。

 

リビングには、今ではお母様がもっぱっらの利用者だそうな薪ストーブが、ほのぼのと
暖めてくれます。

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Y邸に伺うと、私が当初目指していた<世界基準の家と生活>を思い起こさせて貰います。
リビングの間接照明BOXに取り付けられている<皿>は、ロイヤルコペンハーゲンの
イヤーズプレート(毎年限定で一枚ずつ作られる皿)。

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奥さまと出逢って、婚約した年から毎年取り寄せているそうです。
ダイニングテーブルは、弊社製のナラの一枚板、長さは3.5mあるが感じない。
(脚は、丸太のくり抜きで、横にすると座卓になる)

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床は、当時の弊社標準仕様だったミャンマーチーク。(当時は安く手に入ったなあ)
キッチンは、ダイニングからみえないように、クローズド型。(長ーい並列)
勾配天井は、板張りで山荘風に。

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西側の壁には、奥さまの妹さんの<絵>が掛けられている。
そのバックは、レンガ風タイルに珪藻土を塗ったもの。
ほんとにいろいろしましたなあ。
こちらの技量不足と知識不足もあって、ご迷惑もかけましたが、<だからこそ出来た家>
かもしれません。(これぐらいしたい、の思いが強かった)
ケーズホームのチャレンジ精神が最も強かった時代の家でもありました。
(今でも失った訳ではありませんが、、、)
6年後には築20年、Y様ご夫妻は銀婚式を迎えています。
みごとなお住まいになって行くことでしょう。

 

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